イタリアで見た過去生と直後の事件ーローマパスポート盗難 その18

パスポートはじめ殆ど失った
2015年10月31日土曜夕から3日間。
一生忘れそうもない。

11月2日月曜の
帰国便に乗るまで18話、
を費やしている。

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ローマ日本大使館
守衛室のベンチで
待つこと10分。

ちょっきり帰国便出発3時間前。

タクシーのお迎えが来て
優しい守衛さんに挨拶して
います旅立つ。

さようなら〜
日本大使館!
そしてローマよ!!

今度のタクシー運転手も
しごくまともなお方。
必要以上のことは喋らず
淡々と運転。

最近はいつも空港に3時間前には
到着していたので、
チョットどきどき。

でもタクシーだから
2時間以上前には
着けるはず。

で、無事到着、
やはり領収書と1€のお釣りを
固辞されそうになったが
チップとして受け取っていただいた。

空港まではFixプライスが
明示されており
これも心配なく
スムーズだった。

さて。
カタール航空のチェックインカウンターは
どこかなあ⁈

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この旅の往路は
成田からドーハ(カタール)経由、
マドリード(スペイン)
に入っている。
2015年10月5日、成田発だった。

前半は
Flamencoのための旅だったから。

なので
ローマの空港での
カタール航空の情報は
まったく知らない。

今回初めてアラブの国の
航空会社、カタール航空を選んだ理由は
主に値段だ。

往復8万5千円。

前年はブリティッシュ航空で
ローマ往復 14万円だった。

コース代やら滞在費やら
費用捻出は容易でなし!

ココまで差があったら
安い方を選ぶのだ。
たとえ時間がかかっても。

しかしながら
ドーハからマドリードの7時間、
というのはかなり体に来た。

またいくら安くても
それまでヨーロッパ系の航空会社しか
利用したことのなかったわたしは

前年まではなかなか
アラブ系の会社を
選ぶ勇気がなかったと思う。

わたしは20数年前から
Flamencoを求めて
スペインに数年に一度は行く。

その他の国にも旅するのは大好き。

スペインに行くようになってから
なかなか他の国に行く機会は減ったが
行ければ行きたい。

しかし決して自分が
冒険野郎だとは思わない。

バックパッカーになったこともないし
一回の旅は1.5ヶ月以内で終わるし
ユースホステルにも
泊まったことがない。

richには行かなくとも
希望はなるべく優雅な旅、だ。

そのクセ野宿経験はあるのだが
結果論である。

安全がイチバン
怖がり、なのだ。

ところが前年
私としては変わり種の飛行機に
乗ってしまった。

ターキッシュ エアラインで
トルコはイスタンブールを経由して
ローマから成田へ帰って来たのだ。

ブリティッシュ航空からの
振り替えで。

この時 人生初めての
飛行機の振り替え乗車
(いや、乗船ですね)だった。

というのも、この時期
夏時間が終了し
11月最初の日曜から冬時間、
その冬時間初日のフライトを
選んでしまったためだ。

コースが前日土曜に終了、なので
その翌日の帰国便を選んだのは
さっさと帰りたいこの時の
ナチュラルな選択だった。

時間が変わるというのは
トラブルが起きやすい。

というわけで
今回もこの時期の
冬時間への移行日を
はっきり掴んでいなかったわたしは

とにかく日曜のフライトは
やめて月曜にしておこう!

(そうすれば時間が変わって初日ではない、
少なくとも2日目、となるから)

という過去の学習効果による
選択をしたおかげで

こうしてパスポートを
失くしても
渡航書発給に
こぎ着けられたのだ。

ほかの日本人仲間達と同じように
そして前年と同じように

わたしも日曜出発を
選んでいたら
まったく不可能、

事件にあった時点で
予定便帰国不可決定だったのだ。
休日で大使館がやっていないのだから。

夏時間と冬時間という制度。
年に2回も時計を一時間進めたり
遅らせたり。
まったくタイヘンなコトだ。

実はこの夏時間から
冬時間に変わる時期に
帰国することが
これまでもよくあった。

いつもいつも
何日に変わるの?
とよく現地(スペイン)の皆に聞いてた。

すると
「今年は10月末だっけ?それとも11月1週?」
「う〜ん、どっちだっけねぇ」

なんてやりとりが
いつものことなのだ。

もう翌週にせまったことを
聞いてるんだけどねえ。

当初、こんな感じが
日本人のわたしには
正気の沙汰とは思えなかった。

だけど。

冬時間になる時は
遅らせるので1時間トクする、
みたいな感覚になる。

1時間という時間のごほうび。

飛行機に乗る、なんて用さえ無ければ
どうということもないのかもしれない。
日曜の夜中(午前3時だったと思う)
に変わるわけだしね。

なんて ようやく思えたのは
この年初めて。
今回帰国の1週間前。

スターサファイアのコース中に
既に冬時間になったその日、
楽しい休日を
1時間分の余裕でゆったり
みんなで過ごし
そんな風に感じたのだった。

そういうわけで
前年(2014年)のブリティッシュは
荷物のシステムに異常を来たし、
ロンドンから乗り継ぎの乗客には
全員振替便を充当することになったのだ。

3時間半、列に並んでようやく
ゲットしたのがターキッシュエアライン
だった。

で、乗ってみたら
食事は美味しい、
なんと言ってもよかったのは
乗り換えがラクラク。

飛行機はかなり古い型の
ようだったけど。

まるで
福岡空港あたり⁈
乗り換えるかのような近さ
と感じたものだ。

ヨーロッパの大空港はどこも
乗り換え移動にはタイヘンな距離、
乗り継ぎに2時間見ても
ギリギリだったり。
からするとほんとに素晴らしい!!

この時は翌年は
ターキッシュエアラインを検討しよう!

なんて思っていたが
世情でイスタンブールへの渡航なんて
とんでもない、事態になったのだ。

例の
2015年1月、
ISISと名乗るテロ組織が
人質にされた2人の日本人の身代金要求する
映像をYouTubeに投稿〜〜云々。
湯川さん、後藤さんの事件だ。

そして帰国後しばらくして
2015年11月14日(日本時間)
には パリ同時多発テロ、だった。

イスラム。アラブ。
考えさせられた年だった。
どのようにこれらが
自分に関係してくるのか。

日本とアラブ圏、
正直なかなか
アタマの中で繋がらなかった。

そしてまさか自分が
抱えていた苦しみが

モーロ人(北アフリカを経由して
イベリア半島、つまりスペイン
に入ったイスラム教の人をこう言う)
の女性だった過去生に関係する、

なんて
モチロン考えられなかった!

そのハナシは
今書いている
この「直後の事件」部分が終了後に

その前に
サガプリヤのセッションで
見た「イタリアで見た過去生」
部分に続く予定である。

で、
アラブ圏であっても
カタールへの渡航はこの時期
大丈夫、とされており、
値段で選んだわけだ。

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さて、ローマは
レオナルドダヴィンチ空港での

カタール航空の
チェックインカウンター探し
に話は戻る。

手前はヨーロッパのメジャー会社。

歩けども 歩けども
中々カタール航空出てこず。

ターミナルが違うんじゃなかろうな、
と不安になりつつ
2回聞いてようやく到着。

遠かった!

が、よかったのは
カウンターに並ぶ人の列に列も
ヨーロッパ主要路線より
短いことだった。

なんかオンラインチェックイン、
なんて関係なさそう
な雰囲気だし。
(していても、ここで
また一から確認が必要ぽい)

またベールを被ったイスラム女性の
後ろに並ぶ。
すごい荷物だ。

ヨーロッパで時々みる姿だが、
キャスターの
着いてない大きなカバンをいくつも
お持ちのようだ。

というわけで前の方、
すべて荷物預けるのに
なかなか時間がかかる。

ようやくわたしの番。

さて、ここでいよいよ
先ほど発給された
「帰国のための渡航書」
をカウンターに出す。

カタール航空のおねえさんは
「じいっ」
と穴があくほど渡航書と
わたしの顔を見る。

また質問が始まった。

「なぜして
パスポートでなくコレを?」

「かくかくしかじか」
一昨日夜から何度もした
盗難のハナシを繰り返すなり。

コピーを取らせて、
とか、いつもより
多少逡巡あったものの
無事通過出来そう。

がしかし最後に
「待って!それはダメ!!」

と指さされたのが
カバンにつけていたキャリー、
である。

成田から
大丈夫だったんだから
大丈夫なはずなんだけどねぇ。

これがないと
空港内大移動がかなりキツイ。

大きなカバンを成田で
出したあかつきには
モチロン買わなきゃ持てやしない。

ほんとに前のキャリーなし大荷物
ベールの女性は
どうしているのかしら。
サーバントが迎えにくるのかなぁ。

咄嗟の意外なダメだしに
途方に暮れながら
仕方なく
キャリーをたたんだ。

(その19に続く)
その19
⭐️前のハナシは
上記メニューより
「イタリアで見た過去生と直後の事件」
にお願い致します。

最初のハナシからの場合は⇒ その1へ