「カンテフラメンコ」タグアーカイブ

グラナダ エンリケおじさんの洞窟 その4

グラナダはサクロモンテの丘でのオジサンとの出会い、続きです✨✨✨


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初めて奥まで入った洞窟の中。

オモテから見える岩肌がそうであるように
中も一面白く塗られている。
天井も壁も。

そこに金色に光る台所道具。
オタマとか大きなフォークとかナイフとか。
が天井から円形にうわーとたくさんぶら下がっている。
使うためというよりこれらは飾り、だ。

まあこの光景は写真とかで見ていたイメージと同じだから驚かない。

しかし。
洞窟というからには奥行きがある。

かつてそこに住もう、とした人達が洞窟を自ら掘り進めたと聞いている。
今ここに居るヒターノ(スペインのジプシー)が掘り進めたのかもしれないし

さらにそれ以前に居たモーロ人(アフリカ大陸を経由して入ってきたイスラムの人)が
掘って住んでいた後にヒターノがやってきて住み着いた、とも聞く。

インドを起源とすると言われる
ヒターノがやってきたのは500年前の話だ。


そう、スペインはイスラムの支配下にあった時代が約800年間ある。
その後キリスト教が再征服、レコンキスタ。
1492年
スペインの歴史でよく聞く年号。
最後に陥落したイスラムの地がここグラナダなのだ。
同じ年にコロンブスがアメリカ大陸を
発見したらしい。


サクロモンテの向こうに見える
アルハンブラ宮殿は
イスラムの栄華とあまりに美しく
繊細で高度な文化の象徴。

誰であれ 訪れた人をタイムスリップさせ
昔ここに居た、
と感じさせられるような
遠く旅して来た、という思いだけでなく
時間旅行にも誘われるような
魔力に満ちた魅力。

わたしももちろんのこと
言葉にならないほど魅了された場所だ。

その頃のモーロ人も住んでいた
かもしれない今いるこの洞窟。

少し奥に進むとひんやり、とする。
外は暑いのに
洞窟内部は涼しいのだ。

そしてある一歩先から
急に「ここは別世界」となる。

居るところ
が外の人とは完全に違う、
という感じ。

閉鎖的でこわい、というのではない。
外の様子がちゃんと見えるのだから。

そこでオジサンと
椅子をむかえ合わせにして座る。

オジサンがパルマを打ち始める。
それをひたすらマネする。

同じようにやっているようで
違うらしい。

何度も何度も
同じところを注意される。

このスタイルも
その後のフラメンコ修行での
基本スタイルの事始めだった。

一見容易そうな部分こそ
マネ出来てない。
センティードが違う(感じ方が違う、という感じかな)という事象もこの時が最初。

これはーっ。むむむむむ!

いつもそういう気分で
その「別世界」の椅子に座ってレッスン
してもらってた。

遠目に時々
外を通る人がチラチラ見える。

熱中して疲れた。
オジサンは「少し休もう」という。

オジサンもわたしへの
「違う違う!」の連呼でかなり疲れたろう。

オジサンは奥ではなく、横穴という不思議な窪みで
お湯を沸かし、お茶入れてくれた。

それを飲みながら
その時はもう何回目かのレッスンなのに
まるで初めて見たように

目の前の白壁にかかっていた
金の額縁の巨大なすごいGUAPO、
つまり超イケメンの踊り手の
時代がかった肖像画のような写真を見た。

ここのマリア ラ カナステーラ一族の
ご先祖様のどなたかだろうか?

そんな気持ちで
「この写真のヒトは誰ですか」
と聞いた。

「わからないの?」
とオジサン。

「わかるわけないでしょう!」
なんてスペイン語はまだわからなかった
わたしはただ「ノー!」

オジサンは
「では教えてしんぜよう!」
という調子でひと呼吸置き。

「オレだよ。」

「!!!!😳😳😳!」

わたしは
椅子からひっくりかえらんばかりに
素っ頓狂な声をあげた!
洞窟だから響く響く!!

続きはまた次回に🤗

※写真は「マリア ラ カナステーラ一座」。つまりエンリケおじさんの洞窟、右手ふたり目が若き日のエンリケ カナステーロ(エンリケおじさん)



グラナダ エンリケおじさんの洞窟 その5) に続きます

※最初のハナシはコチラ⇒ グラナダ エンリケおじさんの洞窟 その1

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グラナダ エンリケおじさんの洞窟 その3


¡Hola!
ヒトが通りがかればみなこんな風にあいさつします。

グラナダのジプシー達の洞窟の前に
椅子を出し
新聞を読んでる
恰幅のよい、
腹の肉豊かな よく居る
スペイン人のオジサンあり。

そのオジサンと通りがかりのあいさつを交わすこと毎夕。

アルハンブラ宮殿を望む
アルバイシンを越え
さらに上のサクロモンテの丘を
毎日のように散歩していた日々。

会社を休み グラナダの語学学校に通った日々。
学校が終わったら毎日のように
そのサクロモンテの丘にのぼりに行きました。

毎日通るそのうちに。
その洞窟には
「マリア ラ カナステーラのサンブラ」
というタイルの表札⁈が
白く塗られた岩に
埋めこまれているのに気づきました。

まさしくそれは
日本で見つけたCDで聴いていた
一座の洞窟だったのです!

通りがかること何日目かに
¡Hora!
のその先の会話にようやく進みました。

「ここでCanteを習いたいんです。
日本で聞いていたCDでこの洞窟の名前を知りました」

そのオジサンの答は。
「ガイジンには到底ムリだから。
Canteは諦めて踊りにしなさい。」

この後のフラメンコ人生で
何度もスペイン人アルティスタ達から聞くことになるこのセリフ。

この時が初めてでした。

※写真は「マリア ラ カナステーラ一座」(=エンリケおじさんの洞窟)

コトバの壁、という以上にそこには
「FlamencoはFlamencoたる人達の伝統であり


そこで大切に受け継がれてきた財産であり


他の文化の人達が習得するには難解であり」


という意味あいが含まれていました。

その中で唯一
外人に開かれているのはバイレ(踊り)だから、と。

あれから20年。
彼らの認識も
私達の認識も大きく変わりました。

世界でスペイン人の次にフラメンコファンが
多い日本人。

日本ではその後バイレだけでなく
Canteを学び その喜びを享受する
人達が増えたのです。

さて。
そういうオジサンにくいさがる私。

「そもそもあなたパルマは打てるのか?」
オジサンは言いました。

そうです。
踊るのであれ
唄うのであれ
パルマ(手拍子でFlamenco独特のリズムを表現する)が出来なくては
ハナシにならないのです。

そうしてそのオジサンから
パルマを習うことになりました。

翌日からは 小さなテープレコーダー持参で
このサクロモンテの丘を
登ってくることになりました。

そのオジサンは
何者だったのか?

次回 (グラナダ エンリケおじさんの洞窟 その4) に続きます😃✨

※最初のハナシはコチラ⇒ グラナダ エンリケおじさんの洞窟 その1

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唄声は内側の宝石への通り道💎その2

Cante Flamenco✨

フラメンコの唄だけのライヴを

ひとりでやり

皆さまに楽しんでいただく。

それはかつて夢でした。

夢が現実、となる。

なんと甘美な響き。

瞬間のきらめき、としであれ

皆さまと何か「いま本当に生きている」

という実感。

そんな場を持たせていただいた

この上ない喜びと充実感。

小さな規模ながら

12回続けさせていただいて参りました。

ところが〜。

このたび13回目の12月14日のライヴの

お客さまはまだ数名さま。

なぜだろう 

わたしはもう唄っていけないのではないか

わたしは何か大事なことをスルーして

しまったのか

そんな思いがよぎりました。

これまで何をお伝えして来ただろう?

と自分に問い直しました。

わたしが唄うのは

フラメンコ。

インドからアフリカ経由で

スペインに至ったと伝えられるれる

ジプシーがもたらしたもの。

彼らがスペインのAndalucíaにもたらし

さまざまなものが融合して出来上がった

文化。

元々

それらはそもそも彼らの文化であり

彼らが内側で自分達の豊かさを享受する

ためのものであり

 ヒト昔までは秘儀、

と言われるようなものであったと思う

その要素はもちろん今もあり

それに畏敬の念をもち

最大に尊重したいと思っている。

 異文化に居る自分がそれを唄う

しかも

お客さまの前でソロで唄う

ほぼそれだけで独立したライヴを構成する

というのは

それを尊重してることにならないのではないか、と恐れていた。

この一線を超えるのは

まさしく

スピプロの恩師、本郷綜海さんの言うところの

「バンジージャンプを跳ぶ」

ような行為だった。

実際、本当のFlamencoを

知りたければ

もちろんスペイン人の、中でも

正統なFlamencoの伝統が流れている血を

持った一族の正調、

を聴くことを皆さまには

強くおすすめしたい。

では

わたしがFlamencoを唄う

これには何の意味があるのだろうか。

〜存在の通り道となってフラメンコを唄う〜

それが独演ライヴをする、

と初めて意識しはじめたときに

やって来たことです。

タイトルを

「唄声は内側の宝石への通り道💎」

としたのは自分に内在する本質に

光をあてよう、と意図したからです。

つまり、本当の自分に繋がりたい。

そしてその光は

自分だけでなく

ほかの人にも

何かほかの世界と言われる場所

例えばあの世、とか

別次元とか

にも有効なのだ、

とやってみて確心したのです。

(つづく)

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●Cante Flamenco 独演ライヴ

唄声は内側の宝石への通り道✨por13✨

日時と場所: 2019年12月14日(土)

        午後3時40分開場  4時開演

    ギャラリー  ゆうど(目白駅徒歩7分)

http://blog.yu-do.noor.jp/

出演:

カンテ(唄)*レイコシミズサンギート

ギター*木南利夫

チャージ: 

    当日3,000円

   前日までのご予約  2,500円

 定員: 30名さま

ご予約・お問い合わせ: 

「問い合わせ」よりレイコまで

 もしくはFacebookメッセンジャーより。

※小空間でのお席の都合上、どうぞご予約お願い申し上げます。

「ゆうど」場所:  

目白駅改札(ひとつです)を出て目の前の目白通りを左手に進み  4つ目の信号(下落合3丁目の信号)を右折。

5歩あるいて左折(美容室モードの裏道入る)、右手3軒目の古民家です。

住所: 新宿区下落合3-20-21

☎︎03(5996)6151(当日のみ)

6.16 目白ゆうど 独演ライヴ直後✨

2018.6.16
目白ゆうど での独演ライヴを終えました。
その直後に書きました。

使い果たしたーっ

と思ったときにこそ
湧いてくる

それがエネルギーというものなんだろか😳😳😳⁉️

ひとりで唄うライヴ

後半になるほど
どんどんラクになります

そして永遠に唄い続けられそうな気がしてくる

耳おかしい、突発性難聴?
とか そう言えば あったはずだけど
なんだっけえ❓

となります

✨💎唄声は内側の宝石への通り道✨💎

そうであったらよいな
とつけたライヴのタイトルです

おかげさまで きょう
8回目を迎え 数時間前に終えました

次はどこでどんな風にしようかな?

と考えきたようで
実は あまりアタマで計画もしておらず

出会った方々や
なんか道を歩いていて
「コッチですよーっ」
みたいな

呼び声で歩いてきました😶😶😶

出会ったすべての方々
すべてのできごとに
感謝の気持ちが湧いてきます🌹