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ハート瞑想ティーチャーとなって。

最初のHMTT(ハート瞑想ティーチャートレーニング)は、既に5年くらい前には始まっていました。

しかし、昨年2019年にようやくこのトレーニングを受けたのです。

既にサトルボディヒーリングをはじめとした、ハート瞑想がベースとなっているユニティインスティチュートの色々なコースを受講することで、それまでのわたしの人生は大きく変わっていました。

サトルボディヒーリングとの出会いは、既に10年前。いまではこのセッションも提供するようになりました。

わたしの長い間の悩みだった親兄弟親戚との関係がよくなり、息が出来るようになりました。

上手く行かなかった関係性は解消され、喜びを感じて共に生きられるパートナーに出会い、落ち着いてしあわせな気持ちで暮らしています。

 ほぼ同時にそれまでの仕事を手放すこととなり、唄うことや瞑想を大切にする人生に変わりました。

もう充分かもしれない、という気もしつつ、HMTTの魅力に抗し難く、ついに受講した次第です。

その結果、ハートの道はどこまでも深まり、終わりはなく、それは人生が深まっていくことなのだと実感しました。

 自分が自分にかけている制限や思い込みにたくさん出会い、本当の自分はもっともっと大きいのだ、と気づきます。

また自分の経験やハートの質を人と分かち合う大きな喜びを発見しました。

これまでどこかに自分が伝える側になることは、自分のエゴからしてしまうのではないか、という恐れがあったのです。

 HMTTで伝えること、表現することは自分にとっては喜びで、ハートの質を育てるのだ、と知りました。

分かち合うことで、それは豊かになり増えてゆくのだ、と気づきました。

 毎回ハート瞑想イベントをするたびに皆さまとのハートの共振、そして気づきをわかちあえることに深く感動し、感謝を感じます。

またハートの質は誰にでもあり、それを思い出すだけでよい、と習って来ましたが、それを実感し信頼することが出来るようになってきました。

ハートの質は、自分のハートを通じて感じるけれども、それは宇宙のあらゆるところに無尽蔵にある質、

だから限りなく豊かにある。

 今はそんな風に感じています。

ありがとうございます。

愛の目の瞑想 その2

前の話から続いてます⇒ 愛の目の瞑想

こうしてハートを感じることで、わたしのアタマ、つまりマインドの使い方はだいぶ変わって来たようです。

そうして少しずつハートに入ることが出来るようになっていきました。

すると少しずつ

この世は生きにくい、

居心地がわるい、

わたしの居る場所がない、

というフィーリングから

安心感、自分の居場所はあるのだ、という感覚が生まれてきました。

 ここに来てよかった✨

という感覚。

やっとほっとしてよいスペースにやって来たのです。

そして

瞑想を始めてみて数年の時点で気づいたのは〜

わたしに必要だったのは

「感じすぎる」のを感じなくすることではなくて

逆に「もっとしっかり自分を感じる」必要があったのでした。

驚きでした。

わたしは「カラダやハートでたくさん感じていたこと」を、

「感じない」ように頑張っていたのです。

「気づかない」ように麻痺させようとしていたのです。

なんてことでしょう!

自分の状態を

ありのままに感じる、

というのはわたしにとって

かつてはとてもむずかしいことでした。

それはこんなことです。

きょうのハート瞑想イベント「愛の目の瞑想」のワークの中で、まずは鏡でいつものように自分の顔を見てみました。

 ・・・

 眉間にシワが寄っています。

顔にできたシミや、髪の乱れやら、

白髪やら、と気になりすぎます。

 改めて普段どれだけ鏡を見るとき自分を批判的に見ているか、に気づきました。

そもそも思春期のころはともかく、最近では身だしなみチェックのために鏡を見るだけでした。

この批判的見方で自分から失われていたもの。

それを「愛の目」で鏡を使って自分自身を見ることで気づいたのです。

批判的に見るとなにが起こるか?

自分の要らない部分を分割しよう、切り離したい、という思いが生まれます。

この鏡で普段自分を批判的に見ていたのと同じように、

自分のすべて、そして自分に起こることや周囲を厳しく

批判的に見ていたことに気づきました。

当然見たくない

感じたくない

エスカレートして麻痺させたい。

そんな風になっていたのです。

(続く)

前の話は⇒ 愛の目の瞑想