✨グラナダ エンリケおじさんの洞窟✨その2

Cante Flamenco✨✨✨

フラメンコの唄だけのライヴを
ひとりでやり
皆さまに楽しんでいただく。

それはかつて夢でした。

今では 独演ライヴ、次回9月22日 横浜元町で
10回目を迎え着実に
現実のものとなっています✨✨✨
***********

こちらはライヴの場でも
シェアさせていただいている
「Flamencoと旅」のハナシです。

よかったらまたライヴの場で
お会い致しましょう✨✨✨


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20年前当時バブル華やかなりし日本。
今では考えられないほど
たくさんのめずらしい分野も含めた
音楽に触れる機会があり
一流のアルティスタが次々来日し
それまで触れたことのなかった
新しい情報が溢れ出ていました。

そんな中から
Flamenco、特に唄の魅力を発見しました。

最初にわかりやすく目に着いたのは
ジプシーキングス。
ビールのCMで有名になったボラーレ、
鬼平犯科帳のテーマ音楽ともなった
インスピレーションなど
すっかり日本人好みの音として長く受け入れられているように思います。

彼らはスペインからフランスに移住した
ジプシーなのでした。

とても気に入りましたが
スペインはアンダルシア現地の
正調Flamenco、というものとは
また違うものだと気づきました。

そしてまさしく正調、
と思しきもののひとつに
このグラナダの「洞窟Flamenco」が
ありました。

「マリア・ラ・カナステーラ一座による
真夜中の洞窟Flamenco」というCD。

何というプリミティブな音!
なんの飾りけもない!
虚飾が皆無。
単純そうでいて実はマネの出来ないノリのリズム
メロディもわかりにくい
聞いたことないメロディで
音がこれで
あっているのかどうか不明。

普通の音楽、とすると
これは実に聴きにくいかもしれない。
これまで聴いたどんな音楽も
いわばお化粧が
施されていたのだな、と気づきます。

これはわたしにとって
大きなカルチャーショックでした。

そして今!
「わたしは
“Zambra de Maria la Canastera”
という素敵な焼きものタイルの表札が
白壁にはめられた
まさに
そのCDを録音した一座、その一族の
洞窟の前を通りかかったのでした。

(次回に続きます😃)

※前のハナシは⇒ グラナダ エンリケおじさんの洞窟✨その1

※最新話は フラメンコメルマガ にて連載中。

☆☆☆以下 次回独演ライブお知らせ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

🔴Cante Flamenco 独演ライヴ por10
「唄声は内側の宝石への通り道」 9月22日土曜 横浜元町

他力本願というより自力本願のワーク。

先週はガッツリ皆さまの
内なる男性性、女性性を見に行く旅をさせていただき
ワクワクの日日でした。

スターサファイア エネルギーワーク。

このワークをやってると
「もう映画を見なくてもいいわ✨」

スターサファイア エネルギーワーク
創始者のサガプリヤは
そう言っていました。

なるほど❣️

それを実感しています。

映画のように、いやそれ以上に感動なのです。
その人がどんなエネルギーを持っていて

今実際 それをどう生きているのか。

を感じるのは感動です。

またそれをその人自身に自分を感じてもらい、
言葉にしてもらう。

それによって 理解が深まり
どんどんと気づいていくことが多いのです。
ワークが終わった後も。

「他力本願」でなく「自力本願」のワークとも言えるかもしれません。
気づいていくのが「ラクラク」でもありません。

男性性の姿を見て、彼を目の前にした女性性は居心地がよかったり わるかったり。

彼を目の前にして喜んでいたり 怒っていたり。

そのような姿をたくさん見せていただいて来ました。

一緒に 内面の旅をして行きましょう✨✨✨

このワークが初めての方、
モニターセッションが 27日にあと1席
あります。

どうぞこの機会にご体験くださいませ✨

申し込みは以下より✨

「わからない で生きる」とは?【前編】

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「今まで生きてきたのが、ウソな感じがする。
  わたしの人生をホントウのものにしたい!」

そう泣きながら 言って始まった
スターサファイアのセッション。

これが初めてのサガプリヤとの出会い。
一昨年のことです。

この時、わたしの女性性は
穴に入ってブルブルと震えている白うさぎ。
(こんな感じの女性性、と説明するための比喩です)
とても怖がりなのです。

そして男性性はハードに働いてきたヨレヨレのサラリーマン。
(のような男性)
男性性はエゴで女性性を食わしていたのです。

女性性はひたすら
男性性にコントロールされていました。
自分で住む場所も選ばず 穴で震えていました。

一方、男性性がやってきた仕事に喜びはありませんでした。
一時は楽しくやっていたその仕事に、
もう愛がなくなっていたというのに

白うさぎを食わせるため
ムリヤリ続けていたのです。

女性性は唄うことを愛しています。
唄うことを通して
存在とつながれることをとても感謝しています。
 
しかし、現実を生きていない!
男性性、女性性ともに。

これが一昨年のスターサファイアセッションで
赤裸々になった
自分の状態でした。

これを知ったのは
あまりにもショックでした。

確かに働いて働いてきた、という思いがある私の一部(=男性性)
はとても疲れていました。

そしてもう一方の自分(女性性)は、
自分で生きる、という態度、気力がまったくなかったのです。
自分は出来ないのだ、と思っていました。

この先、生きていくのに、
まったく希望がないようにも感じました。

セッション終了後、
ショックで途方に暮れたようになっていた私に
サガプリヤは言いました。

「あなたがこれから
ホントウの人生を生きれる可能性は、あります」

Reikoは言いました。
「えっ!
 それには どうしたらよいのですかあああ???」
思い切りサガプリヤの前に身を乗り出していました。

対するサガプリヤのお答えは~
「それには~」
「今までのあなたは「どうしたら?」で生きてきました。
これからは「わからない」で生きなさい。」

はあ?????
まるで禅問答のように感じました。

これがどういうことだったか、
ようやく 今ごろ説明ができます。

「サトルボディヒーリングは
 単なるチャクラのヒーリングではない」

のプラサードの名言が突き刺さった
「メンタルプログラムの解放」の数日前の再受講。

この日をまたなくても
「わからない」とは何か、
プラサード達から再三聞いていたのですが~。

この2年前のセッションとバチリと
結びついて理解したのは
ようやく今。

(続く)

今また信頼を学ばされるー後編ー

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信頼を忘れ離脱しようとした
2年前のイタリア
スターサファイアのコース。

しかしながら日々
自分について発見、気づき、
そして結局愛、
というものに繋がるセッションとなる
毎日が感動の嵐。

だからこそ
出ていかず によかった❗️

しかし。
このコースの最中に
正直に怒りをあらわせなかった私が
その後どうなったかと言うと。

帰国後に
「バカヤロー❗️」
という自分自身の怒号(寝言です)で
目が覚める、

鉄筋コンクリートのマンション居住なのに、隣人まで起こしてしまう、
という日々が
ほぼ3ヶ月間繰り返された。

そして翌年(つまり昨年)のイタリアにも
ここから始まった
怒りのバクハツを
持ちこし、

そこで自分に起こった大きなことを
綴るのが、
このブログ開始のモチベーションとなった。

イタリアでの学びは
これは
魂の友に伝えるべき重要こと、

という自覚が最近強くなり、何もせずには
いられなくなってきた。

そこで 伝えたいから今参加しているスピプロ、
の学びの場で。

まさしくこのイタリアの
最初の事件を思い出させられることが
起こりました。

おかげさまで私は 信頼を学ぶために、このスピプロに参加した、と今では自覚しています。

ありがとうございます💓

さて、今日は
ハートを入り口として💕

自分がこれまで思い込んでいたことを
解放していく〜

メンタルブログラムの解放

がテーマのサトルボディヒーリング
を再び学んで来ます。

サトルボディヒーリング~再び戦ってきた男性性を理解

サトルボディヒーリング。

ハートのスペースから気づきを促し、変容につながっていくワーク~。
スターサファイアとともにわたしの愛するエナジーワーク。
このサトルボディヒーリングと共に大輪の花を咲かせているガヤトリ、にやってもらいました。
わたしは今重要な地点に居ると感じています。

「自分が好きなこと、それをやって生きていくことを自分に赦したい」
特に唄うこと、です。

「許す」より「赦す」。
そんなイシューでセッションは始まりました。

まずはガヤトリのリーディングで出てきたのは~
「批判的なエネルギーがアタマの上を飛び交っている」
「こうなってはいけない。
わたしはひとりで立派に生きなければ。」

そうです。その通り。
わたしはこのように感じながら 育ちました。

同時に。
「それはムリだ!」

そうです。
わたしはこのような葛藤を抱えて生きてきたのです。

自分に制限をかけ、立派になろうとしてきました。
なんとも正直ではない、ムリしている。
でもそんなジブンご苦労さん、そんな感じです。

ガヤトリはまた
わたしが人サマにとシェア出来るいろんな質があることをリーディングしてくれました。
豊かさ。
なごやかさ。
安心感。その他にも。
そんなにもいろんなものがある!
それらの質がよろこぶのを感じました。

 しかし、実際に何かやろうとすると~例えば 何かプロジェクト、新しい仕事を始めるとか。
動きが止まってしまう。
考えてわからなくなると眠くなって寝てしまう。
それはそれで気持ちい~から まあよいか~ となったりする。

驚きました。
まるでガヤトリが 私の生活を覗いていたかのようです。
まさしくこの数日、私はこんな状態でした。
図星! で ぐうの音もでません。

しかし痛いところをつかれてる、かと思いきや。
「その通り!」と笑って認めることができている自分がいます。

これにはガヤトリの優しさ、配慮の素晴らしさもさることながら、
サトルボディヒーリングゆえ、という理由もあるのでしょう。
なぜならセラピスト、ガヤトリとクライアントReikoがともにいるシンクロニシティのスペースが、ハートチャクラの受容のスペースでもあるからです。
ハートはすべてを受け入れてくれるからです。
この受容のスペースがセッションを通じて拡大しているのを感じることができます。

そしてガヤトリは
「これらは表層で起きていることです。
表層は全体の5%にしかすぎません。」と。

そうでした!

意識全体の中で、肉体、思考、他の人にわたしがどんな人なのか、
と思われているかというパーソナリティ、つまり表層は5%にしかすぎない。
サトルボディヒーリングの学びと同時にこれを学んできました。
何度も 何度も。このことを思い出す必要があります。
「本来の自分」は、より深い中心の近くにあることを。

ガヤトリのこの時のこの言葉でさらなるエンパワーメントがなされました。

そしてガヤトリが表層ではなく、内側にある本質、つまり「本来の私」をリーディングしてくれました。

自由。
生きる喜びの実感。
生を祝う。
誰の人生でもない、自分自身のパワー、自分の喜びを生きる。

これが私! これが本来の自分!!

そうです!
それがわたしなのです!!
自分の中にこれがあるのに自分でなかなかそれを取り出せなかったもどかしさ。
そのもどかしさが一気に吹き飛ばされたようなこの瞬間でした。

そしてこれら「本来の自分」を覆いかくしてしまう、
わたしの思い込みは何か。
これもガヤトリが丁寧にリーディングをしてくれました。

第一チャクラ関連では~
お母さんのエネルギー。
「自由に生きられない」というエネルギー、
「私には力がない」という母の思いを、私Reikoが生きようとしてしまった。
これは 今まで気づいていたことでもあるのですが~。

これが今回のイシュー、
「自分が好きなこと、それをやって生きていくことをなかなか赦せない」
ことにつながっていたのですね。

それを確認することができました。

そしてガヤトリは言いました。
「Reikoがそうして母のエネルギーを生きたことは
「親密さ」という本質を表現したことでもある、
「親密になれる」ということに価値を与えてください、
お母さんの生き方を繊細に感じ、その生き方を尊重したことに価値を与えてください。」

なんということでしょう!
「思い込み」「ブロック」と呼ばれるような中にも
表層ではなく、「親密になれる」という本質が表現されていたのです。

これにはまったく気づいていませんでした。
言われてみて、そうだな、と。
これはおおいに価値を与えてよいのだ、と気づいた瞬間、涙が出そうでした。

さて「本来の自分」を覆いかくしてしまう、
思い込み、続きです。

第3チャクラ関連では~。

「私には価値がない、できるわけがない」
と言っているそうです。
「唄うことはお金にならない」、とか。
これは思い込みなのですが~。

この背景に「シスターのような存在」がReikoを見守っており、
その人が私を心配するがゆえに
「普通にしなさい、冒険なんかダメ」というようなことを言ってきているそうです。
よって、そのような思い込みにもつながったようです。
これは過去生、という次元の話しかもしれません。

しかし~。
この人のおかげで何がどういう風に守られてきたか。
ガヤトリがReikoに聞きました。
わたしは何の根拠もないのですが 
しかしはっきりこのように口から出ました。
「病気にならない」「怪我をしない」。

そういう見守りの存在のようです。
そのおかげで生きることができたのです。
思い込みにもつながったけれども、
生き延びるためには私には必要な存在だったのです。

そのような実感、この時すぐにはわかりませんでした。
しかししばらくすると「何かある理解」、が自分に起こったと感じました。

するとガヤトリは
「真の自由を生きる強さ」
「羽がパタパタしている」
「育ち始めている」
「何があっても人生の肥やしにしていける(強さ)」
というエネルギーの変化を告げてくれました。

なんということでしょう!

ほぼ同時に、
「自由に生きていいわけがない!」
「愛を表現しているのに、いらない!と言われての怒り、悲しみ、悔しさ」
そういうエネルギーも感じることを伝えてくれました。

そうです!
これはまたまさしくこの数週間にReikoが感じ、体験したことでした。
そして「悲しい」「悔しい」という中に何日もいたのです。

それをガヤトリに告げると、
「悲しみ」「悔しさ」にスペースを与える、ことを提案してくれました。

それらはそこにあるのであり、私はそれを充分に感じる
必要があると感じました。

私はここでまた
「唄をお金にすると、存在との繋がりが切れてしまう、ことの不安」
があることをガヤトリに告げました。

私は唄っているとき、何か大いなるものとつながっている、
それが私を使っているような感じがすることがよくあります。
今ではこれが「私に与えられたギフト」なのだ、と自覚しています。
そしてそれを涙が出るほど感謝しているのです。
そのつながりが途切れること、
私にとってそれほど恐ろしいことはありません。

するとガヤトリは
それもまた「表層」のもの、思い込みであることを告げてくれました。
「お金」と「大いなるものとのつながり」が引換になるわけではない、
そこにあるものはある、ことを。

そしてまたここでガヤトリはリーディングで重要なことを告げてくれました。

カラダの右側に「戦ったきたエネルギー」があることを!
戦ってきて絶望した、
しかしそこにある本質は「勇気」であることを!

一方左側には「痛みのエネルギー」がある、と。

ちょうど1年前にイタリアで受けた
サガプリヤによるスターサファイアのセッション。
これは男性性と女性性をリーディングしていくエネルギーワークです。
これを3年前から日本で学び、はるばるイタリアまで2年連続で学びにいき~
人生で最も重要な学びと感じているもののひとつです。
そしてその中でも、そのセッションを受けたことが最も重要な学びだったのです。

そのセッションで出てきたのがまさしく「戦ってきた男性性」です。
この男性は1年たった今でも私の中に居るのです。
「勇気」という本質が垣間見えて少し、絶望が緩んでいるようにも感じますが~。

戦う男性性、その男性性に攻撃される女性性。
これが1年前時点のサガプリヤがリーディングした
「Reikoの人格の基本構造」だったのです。
基本構造がそう簡単には変わりません。

男性性が戦ってきて絶望。
女性性を攻撃。
これが「好きなことをやって生きていくことを赦せない」ことにもつながっていました。
これに今回気づいたことはあまりに大きい!

(絶望した)男性性が「信頼を学ぶ必要がある」、
これがそのセッションのお試しのようなハードな試練
(当ブログ「イタリアでみた過去生と直後の事件」に連載中)
のあとの帰国後のReiko、
へのサガプリヤのメッセージにありました。

サガプリヤのセッションでの気づきは、
あらためてまた別の機会にシェアしたいと思います。

さて、セッションも終盤にかかります。
ガヤトリは私の第5チャクラをリーディングしてくれました。
「私はここに居るというエネルギー」
「存在するよろこびのエネルギー」
「家に帰って、たんたんと何かを始める男性の姿」
を告げてくれました。

私はこれを書いている今ただ今~
家に帰ってきて食事後、これをたんたんと書いているのです!

リーディングとヒーリングは、第6、第7チャクラに行きます。
「純粋な喜びに返った子供」
と告げてくれました。

唄ってお金をいただくことについてこの瞬間~
「躊躇なく まっすぐに 単純に」
こんな風に感じていました。

そして「何かリセットされた感じ」だとガヤトリに告げました。

セッションの開始からみたら なんという変化でしょう!!

そしてガヤトリは
「このスペースからやりたいと感じること、始めたいことはありますか?」
と聞きました。
Reikoは
「障害はない」
「このまままっすぐ進める気がする」
と言いました。

「第7チャクラ、アタマの上に 旗が立っているようだ」、
とも告げました。
ガヤトリ「お子様ランチのような旗?」
Reiko「そう、その通り!」

今、わたしはなんとも子供のように自由です!!

以上。

※このセッションは スカイプを使用した 遠隔セッションで行なわれました。
サトルボディヒーリングは対面ではもちろん、このように遠隔であってもリーディング、ヒーリングがハートチャクラからお互いのシンクロニシティのスペースに入るので可能です。

イタリアで見た過去生と直後の事件〜ローマパスポート盗難 その6

〜その6

11月1日、ローマ日曜の夜は明けようとしていた。

あと連絡するべきところはあったか?

そうだ、wifi❗️

カバンには
パスポートや財布もさることながら
wifiもケータイも入っていた。

手元に残っているのは
充電器が入ったバッグだけ。

あ〜いやいや。
こんな時のために
ネット上の申し込みでは「保険に入る」欄に自動的にチェックが入る仕組みになっていた。

この保険料が1万5千円だったかと思う。
高い!
と思ったわたしは
チェックを外していたのだあああ。

結果、紛失に際しての弁償代は4万円‼️
これにはモチロン保険は出ない。

申し込み時に、チラと確認していたことだったが ココで改めて再認識。
ガックリと、ほんとにガックリとしていたところに wifiサポートからメールの即レスが。

「成田返却の日時が、予定を1ニチでも越えたらイクラ、2ニチだとイクラ・・・」

盗難にあったことへの見舞いのコトバはまったくない。
予定通りの日に 残っている充電器を返して、とのこと。
盗難にあったことと、
予定通りの便で帰れないかもしれない、
という連絡をしたのですがネ。

あ〜はいはい、
もー何もする気力がなくなりベッドへ。

あす、いや今日
朝8時半に開いたと同時に
警察に行こうと思ってたのですがネ。

起きたら9時半すぎでした。

(続く)

続きは その7へその7へ

イタリアで見た過去生と直後の事件~その5

~その5の前に今日の日記~
今日は2016年11月2日。
今書いているのは昨年、2015年10月31日~11月2日の話しである。

この話しの続きの前に、今ただ今、今日の日記。

昨晩、10月31日に画家の堀越千秋さんが逝去された、との報を聞いてショック。
今見たマスコミを通じて流されている訃報には、画家としての経歴だけで、
Flamencoを唄うことはまったく書かれてない。

ヒトは亡くなった時にも「社会的に評価された実績」のみで見られのだなあ、
と当然なのだろうけど 寂しい。

堀越氏は画家であるだけけなく、Flamencoの世界に強くひかれて
スペインの生活では
どっぷりとその世界につかり、その魅力を私たちに伝えてくれた。

そしてFlamencoが好きになり実践する私たちに
厳しく、なにより味のあるご意見番として存在してくれた。

Arteの世界、ということで絵も唄も 共通かもしれないが
絵のモチベーションとなっていたのもFlamencoの世界、なのでは、と思ってしまう。

Flamenco、特にCante Flamencoから生きる力をもらい続け、そして唄っているReikoには、
堀越さんこそがそういう方だったのだろう、と強く感じるからである。
心からご冥福をお祈りします。

さて、~その5デス。

11月1日(日)になったばかりの深夜。
帰国予定のローマからドーハ経由(カタール航空)成田への帰国予定便は
11月2日(月)の午後3時。

これから36時間、何をすれば予定通りに帰国できるのか??
正直「予定通り」、はかなりのハードルの高さに感じる。
予定通りにいかなくとも とにかく帰るため、にはいろいろやらにゃあ!

まず日本大使館の場所は~
なになに、今居るホテルから歩いても40分くらいか?
そしてこのHPで見た緊急連絡先にまた☎する。

結局つながったのは 夕方に☎した先と同じ!
お決まりの 現実的に入手困難なものを含む、様々な必要書類を教えてくれたあと~。

その担当者は。
「でも 諦めないでください。
最短2時間半で 帰国のための渡航書 が出ることがあります。」

Reiko「! ということは、3時の便なのだから 日本大使館開館と同時に行けば、
    予定の便で帰国できるかもしれないのですね?」

その担当者「そうです。」

わあああ。
これでやる気が出てきた。
ローマにこれから何日も滞在し、航空券を買いなおす、という可能性もかなりある、
と思っていたが。
明日の予定便で帰ろうではないか!

元気が出てきたところで実家に☎。
弟に頼みごと、なんてこれまで殆どしたことがない。

おそる おそる~ ☎。
☎に出た義理の妹に「かくかく~しかじか~」
と話すと
「うわあぁあああ! ひぇえええ!!!」
といろんな声を出したあと、
とにかく仕事に出ている弟に言うから、と。

「本籍地入りの 戸籍抄本」をゲットするには、
月曜の午前中中に役所に取りに行ってもらい、そしてそれをすぐさま日本大使館にFAX
してもらうしか、ない。

日本の午前中、そしてわたしが在イタリア日本大使館に行くのも午前中、9時半!
であるが 
そこは「8時間という時差(イタリアの方が後れ)」という事情でこの手続きが可能となる。

そして「決まり」に従うなら
その戸籍抄本原本をすぐさまFedexで送り、その送り状もFaxで送れ~
いやこれはゼッタイムリ!ムリ。
で、頼みませんでした。

そもそもいそがしい弟が急に 午前中中に役所にでむける、というのもかなり可能性低い。

後から聞いたのだが、義理の妹が代わりにやってくれようとしたが、
役所に聞いたら 血のつながりある兄弟でなければとりあえず代理になれなかったそうだ。

もう家族を騒がせに騒がせた。

これもアトから聞いたが
「立てない」はずの父がこの知らせを聞いて
「立ち上がって」しまったそうだ。
アトからアチコチ痛くなったのは言うまでもない。

さて、次は保険会社に☎だ。

コレクトコールができる。ありがたし。
すぐにつながって話もできた。ありがたし。

で、話し始めたら。
「盗難にあった状況」の詳しい説明を求められる。

こちらが聞きたいこと、は後回し。

いつ、どこの通りで、どんな人が、
取られたものはなに、現金は、カードは、パスポートは???

なにせ「かばんごと」持っていかれたわけで。

取られたものを申告するのにえらく時間かかるのだ。
帰国後に申請したリストにゆうに30品目くらいあったのだから。
「その他いろいろ」、という言い方をなかなかゆるしてくれない。

「この保険には予定便に乗れなかったときの保障が入っていたか?」
とか
「ローマにサポートしてくれる支店はあるか?」
とか 
いろいろ聞くことが出来たのは40分後くらいだった。

いやあ、これでかなり消耗。
外はだんだんと白みはじめていた。

続きは その6へ

その6

イタリアで見た過去生と直後の事件~その4

~ 2年目のイタリア経験 ~
サガプリヤ スターサファイア エナジーワークパート2の15日間のコースを終えて。

その4 ローマのドロボー騒ぎ(続き)

さて、カバンがなかろうと パスポートがなかろうと、
食事だ!

食事の席で、皆はおおいにわたしを励ましてくれた。

わたしが凹んでしまった この緊急連絡先のお答えについても
「そんなバカなことあるかい!」と皆言ってくれた。
横浜のホテルでパスポート盗まれた台湾人が、戸籍謄本なんかなくても帰国できたことも教えてくれた。
そしてソフトバンクのスマートフォンも、友達のを借りてこの場で停止することができた。

緊急停止はソフトバンク携帯からは無料で出来るのだが、自分のは盗まれてないわけで。
こういう場合、友達のを借りろ、ということか?
ソフトバンクの友達が居てよかった。
でなけりゃどこに電話すればよかったことやら。

しかしReikoはまだ放心状態。
自分のケイタイの番号がわからなくなっていたのがその証拠。
これも友達のアドレス帳で調べてもらった次第。

さて、これから何をするべきか。

今晩、そして明朝何をするか優先順位を~。
留守宅、保険会社、帰ったらする仕事の云々・・・。

いやその前にまず盗難届けを警察でゲットすることだ!

パスポートがない状態では、それが唯一の身分証明書代わりだそうだから。

いやまて! こんなにぐるぐるアタマで考えてるが~

今! 今この瞬間大事なことは?

ハート、♡チャクラ、第4チャクラに聞くのだ! 
さんざんこれまで学んできたではないか。

 で今は・・・食べることだ!
元気をつけることだ!!!

と気がついた。

あれは何のパスタだったかな。
何かおいしかった気がする。
ワインも一応赤白少しずつ飲んだ。
デザートも皆で色々頼んで一口ずつ。

ちゃんと全部少しずつ食べた。

ドロボー以外の話も皆とした。
ダレダレ(男性が)コース中、カレカレ(男性)にもててた、とか。
ふんふん。

この時、一緒に同じホテルに宿泊することになったリスクから来ている二ルビーも食事した。

彼女は日本人の皆と別れたあと、一緒にホテルに帰って最後に話したコースの仲間。
「お金はだいじょうぶ?貸そうか?いや寄付しようか??困ったら電話してね!!」
と親切な彼女。

うれしいな。
こういうことで、ほんと励まされる。
実際お金は貴重品袋にあるのがまだあったし、その後電話することもなかったけど。

うれしかった。

さてホテルに帰って。
シャワーを浴びてもう12時すぎ。

これから午前4時まで何をしていたか。

パソコンをホテルのネットにつなぐ。
電話でレセプションに聞いたパスワードがよくわからなくて
(Reiko英語ヒアリング能力のもんだい)、
直接レセプションにまた着替えて行ったりと苦労する。

ようやくつながり、まず日本大使館を調べる。

(続く)

続きは その5へ
その5

イタリアで見た過去生〜ローマ パスポート盗難 その3

~ 2年目のイタリア経験 ~
サガプリヤ スターサファイア エナジーワークパート2の15日間のコースを終えて。

その3︎ローマのドロボー騒ぎ(続き)

ホテルに荷物を置いて、

まずは隊長まてぃが警察へ同行してくれた。
時は既に20時。

しかし24時間開いている、
という話しだったその警察はもう閉める、
明日8時に来い、という。

やれやれ、だが
よくあるハナシなので
そうは驚かない。

で、今日はもう警察は諦めて
皆と食事するため、まてぃ一行のホテルに戻る。

このホテル シャンパーニュパレスの受付から、ホテルリミニで聞いた「日本大使館緊急連絡先」とやらに電話した。

Reikoは(多分一見n)
冷静に必要な行動しているね!
と皆さまに言われた。
けど実際は まだまだ気が動転していた。

そして~
この緊急連絡先への電話が
ドロボーそのものより よほど!
Reikoにはショック、だった。

なんとなんとスクエアな対応!!
まずはこちらの被害状況や盗まれたものを微にいり細にいり聞かれる。これに結構な時間がかかる。

ようやくこちらが必要な情報を述べる番。

「「パスポート、もしくは帰国のための一時渡航書」を取るためには、
盗難届け、パスポート用証明写真、手数料、そして「戸籍謄本、抄本、もしくは本籍地が記載された住民票」が必要です。

「戸籍謄本はとりあえずFAXで送付してもらうと同時に、Fedexで原本を送ったという証拠としての領収書のFax」も必要になります」」と。

戸籍謄本等を日本からFAXしてもらうこと自体、むずかしいことだぞ!

父は歩けない状況を心配しながら今回旅に出たのだし、
いそがしい弟にすぐ連絡がつくか?
そんな頼みごと、これまでしたこともない。

あす月曜朝イチで役場に行って謄本を取ってもらい、
その上ローマの日本大使館にFaxしてもらい、
そしてそのまた上に自分も使ったことがないFedexなんて難しいものですぐさまローマに送れ、
なんて頼めるわけがないじゃあないか!!

これは私だけでなく、パスポートを失くしたダレにとってもタイテイは難しいことなんじゃないのかね。

この条件をクリア出来るのは
旅行の度に戸籍謄本を出発前にとっておき
いつも海外の旅には持参するヒトだけ、だろう。

で、「それが出来ないとどーなるのですか?」
と聞くと

「原則戸籍謄本は必要です。ない場合の対応について具体的なことは、大使館に相談してください。こちらではお答えしかねます」
という答え。

このお答えが 私をおおいに落ち込ませた。

本当に
「戸籍謄本がなければどーしようもない」
ならば帰れない、ことになる。

(次回に続く)

続きは その4へその4

イタリアで見た過去生~ローマ パスポート盗難 その2

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~ 2年目のイタリア経験 ~
サガプリヤ スターサファイア エナジーワークパート2の15日間のコースを終えて。

~その2~

ローマはテルミニ駅近くのホテル前で

タクシーから皆のたくさんの荷物を下ろし。
一行と今晩の夕飯の待ち合わせ場所を約束し。

マルコありがとう、挨拶したりハグしたり結構時間かかってる。
さあて、隊長まてぃ一行4人が降りて こんどはReikoのホテルに行く番。

座席に戻ると~。

アレっ?
Reikoのハンドバックがないなあ。

なんせ重いから後ろの座席に置いたままだったんだろ。

もう6時近く、あたりは暗い。座席の下に落ちたのかなあ、マルコ、座席を倒してみて。
ないねえ、ない。まてぃ達が間違ってホテルまで持っていったんだろうか?

ホテルに聞きに行く。
・・・ない。

やっぱり地面に落ちてるのかなあ。
・・・ない。

暗いからなあ・・・・ないなあ。
・・・ない。
・・・

カバンがないとマルコにタクシー代も払えないし、
ホテルに入った隊長まてぃに相談に行く。

それはぁあああ~

「取られたんだよ・・・。」とまてぃ。

Reiko
「!!!マサカソンナ!!あの一瞬にして!!えっええ?アリエナイ!!!!!」

・・・しかし
・・・・・・しばらくして。

Reiko「そうかもしれない・・・」

ローマというところは。昨年もバスの中でスリにあっている。

27年前初めての海外旅行でやってきたローマ、
ここ多分全く同じ通りでジプシーの子供にカラの財布を取られたわけだし。

これでこれまでReiko3回のローマ訪問時100%!!ドロボーにあったということだ。

タクシーに戻った。
マルコにこの旨話した。

マルコは
「えっええ?アリエナイ!!!うそだあっ!! そんなばかなことがあるかよ!!
オレはこの車から離れなかったぞおっ!!!」

Reikoの驚きにさらにさらに輪をかけた驚き様。
その騒ぎようったら、ない。

そうか、同じイタリア人でも「ローマのドロボーの手口」にゃこんなにオドロクのか、
とまた驚く。

なにせ「座席のドアが開いていたのは30秒くらいの一瞬」だったと思う。
たぶんその間にとっていったのだろう。
もう瞬間芸術芸としかいいようがない。

「一瞬のスキ」を狙われたのだろうが、これ以上気をつけようも、ない。

参った。完全降参。

念のため、まてぃが路上のゴミ箱の中も確認してくれたが、ない。

マルコはこれまで2週間のコースをやっていた アッシジ近郊お宿の主人にケータイからデンワ、
コーディネータにもデンワ。

Reikoもコーディネータと話したら「マルコのせいじゃないわよ!」とか言っていた。

マルコは責任感じて自分のせいだ、と彼女に話したわけだ。
ともかく大騒ぎで彼なりの対処しようとしてくれた。

しかしながらハンドバックが無くなったのはここローマなわけで、
どーにもなりゃしない。
こーなったらReikoに必要なのは地元の警察とかだ。

マルコは責任感じて「(タクシー代を)負けるから」と言ってるようだが、なんだかよくわからない。
ここで時間を食うのももう無駄だ。
ドロボーだと気づくまでの大騒ぎに40分はかかったと思う。

で、気を取り直してReikoの泊まるホテルリミニまで行ってもらう。

ホテルの受付では、パスポートのコピーを出して「今、アクシデントでパスポートないの!」
と事情を話す。

レセプションのお兄さんがサッとネットから取り出した情報は
「日本大使館緊急連絡先」。

早い!慣れてる!!

その日は土曜。月曜朝まで大使館は開いてない。
その連絡先に連絡するしか方法はない。

で、まずは盗難届けが必要なことは知識として知っていた。
ホテルに警察の場所を聞く。

テルミニ駅構内のそれを、これまたすぐサマ教えてくれた。
(続く)

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