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イタリアで見た過去生と直後の事件~その5

~その5の前に今日の日記~
今日は2016年11月2日。
今書いているのは昨年、2015年10月31日~11月2日の話しである。

この話しの続きの前に、今ただ今、今日の日記。

昨晩、10月31日に画家の堀越千秋さんが逝去された、との報を聞いてショック。
今見たマスコミを通じて流されている訃報には、画家としての経歴だけで、
Flamencoを唄うことはまったく書かれてない。

ヒトは亡くなった時にも「社会的に評価された実績」のみで見られのだなあ、
と当然なのだろうけど 寂しい。

堀越氏は画家であるだけけなく、Flamencoの世界に強くひかれて
スペインの生活では
どっぷりとその世界につかり、その魅力を私たちに伝えてくれた。

そしてFlamencoが好きになり実践する私たちに
厳しく、なにより味のあるご意見番として存在してくれた。

Arteの世界、ということで絵も唄も 共通かもしれないが
絵のモチベーションとなっていたのもFlamencoの世界、なのでは、と思ってしまう。

Flamenco、特にCante Flamencoから生きる力をもらい続け、そして唄っているReikoには、
堀越さんこそがそういう方だったのだろう、と強く感じるからである。
心からご冥福をお祈りします。

さて、~その5デス。

11月1日(日)になったばかりの深夜。
帰国予定のローマからドーハ経由(カタール航空)成田への帰国予定便は
11月2日(月)の午後3時。

これから36時間、何をすれば予定通りに帰国できるのか??
正直「予定通り」、はかなりのハードルの高さに感じる。
予定通りにいかなくとも とにかく帰るため、にはいろいろやらにゃあ!

まず日本大使館の場所は~
なになに、今居るホテルから歩いても40分くらいか?
そしてこのHPで見た緊急連絡先にまた☎する。

結局つながったのは 夕方に☎した先と同じ!
お決まりの 現実的に入手困難なものを含む、様々な必要書類を教えてくれたあと~。

その担当者は。
「でも 諦めないでください。
最短2時間半で 帰国のための渡航書 が出ることがあります。」

Reiko「! ということは、3時の便なのだから 日本大使館開館と同時に行けば、
    予定の便で帰国できるかもしれないのですね?」

その担当者「そうです。」

わあああ。
これでやる気が出てきた。
ローマにこれから何日も滞在し、航空券を買いなおす、という可能性もかなりある、
と思っていたが。
明日の予定便で帰ろうではないか!

元気が出てきたところで実家に☎。
弟に頼みごと、なんてこれまで殆どしたことがない。

おそる おそる~ ☎。
☎に出た義理の妹に「かくかく~しかじか~」
と話すと
「うわあぁあああ! ひぇえええ!!!」
といろんな声を出したあと、
とにかく仕事に出ている弟に言うから、と。

「本籍地入りの 戸籍抄本」をゲットするには、
月曜の午前中中に役所に取りに行ってもらい、そしてそれをすぐさま日本大使館にFAX
してもらうしか、ない。

日本の午前中、そしてわたしが在イタリア日本大使館に行くのも午前中、9時半!
であるが 
そこは「8時間という時差(イタリアの方が後れ)」という事情でこの手続きが可能となる。

そして「決まり」に従うなら
その戸籍抄本原本をすぐさまFedexで送り、その送り状もFaxで送れ~
いやこれはゼッタイムリ!ムリ。
で、頼みませんでした。

そもそもいそがしい弟が急に 午前中中に役所にでむける、というのもかなり可能性低い。

後から聞いたのだが、義理の妹が代わりにやってくれようとしたが、
役所に聞いたら 血のつながりある兄弟でなければとりあえず代理になれなかったそうだ。

もう家族を騒がせに騒がせた。

これもアトから聞いたが
「立てない」はずの父がこの知らせを聞いて
「立ち上がって」しまったそうだ。
アトからアチコチ痛くなったのは言うまでもない。

さて、次は保険会社に☎だ。

コレクトコールができる。ありがたし。
すぐにつながって話もできた。ありがたし。

で、話し始めたら。
「盗難にあった状況」の詳しい説明を求められる。

こちらが聞きたいこと、は後回し。

いつ、どこの通りで、どんな人が、
取られたものはなに、現金は、カードは、パスポートは???

なにせ「かばんごと」持っていかれたわけで。

取られたものを申告するのにえらく時間かかるのだ。
帰国後に申請したリストにゆうに30品目くらいあったのだから。
「その他いろいろ」、という言い方をなかなかゆるしてくれない。

「この保険には予定便に乗れなかったときの保障が入っていたか?」
とか
「ローマにサポートしてくれる支店はあるか?」
とか 
いろいろ聞くことが出来たのは40分後くらいだった。

いやあ、これでかなり消耗。
外はだんだんと白みはじめていた。

続きは その6へ

その6