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キモノ日記①まるで「手袋を買いに」のような・・・


首に巻いているのは

たぶん祖母が子供時代に着ていた

100年前の着物。

オレンジ色の裏地はもっとあたらしい。

着物を洋服にするのでなく

着物として現代風に着る

「コンテンポラリー着物スタイル」を提案されている

藤巻理絵さんの作品だ。

とーっても気に入っている。

今年のお正月から

着物に夢中になって3か月。

突然始まった

わたしの着物関連ライフの

営みを聞いてほしい。

祖母が女学生時代(つまり大正)に着てたんだろう、と推理された

矢羽柄のお召し⁈を

「染めもの屋」という看板を掲げているが仕立てが得意、というネットで知り得た茨城エリアの着物専門店に持って行った。

ふる〜くからありそうな

これまで映画でしか見たことないような

築100年以上⁈の日本人形と古き良き着物が鎮座している

時代劇で見たような

昔タイプのショーウィンドーの奥の引き戸を開けると

 そこにはやはり時代劇か歌舞伎か

最新で寅さんの煎餅屋さんでしかその雰囲気に触れたことのない

畳み敷の丁場があって

 番頭さんが大福帳をめくっていそうな・・・

この店に入るのに

充分な勇気なく

一回目は結局コッソリ下見に終わった。

商店街、と言っても数件しか営業してないむかーしの通り。

夕刻に差し掛かり

暗がりのなか

障子に灯る赤いひかりに

「手袋を買いに」という童話をおも

いだした。

 なんだかキツネさんが出てきそうなのだ。

かつての似た体験と言えば

フラメンコの営みで

滞在したスペインの南、

ヘレス・デ・ラ・フロンテーラの

まったく看板を掲げていない 

老舗の仕立屋さん(この場合もちろん洋服)に入ったことがある。

 父に買うベルトがないかな?と思って、のぞいたのがきっかけだった。

 ココでの大福帳は、あの羊皮紙みたいな年季の入ったリスト、だったんだと思う。

 きっと長年のお得意先のおうちがたくさんあって新規顧客の募集はしてない様子だった。

 あのとき

滅多に入れなそうな

随分と特別な空間に入ったもんだー、と思いドキドキ、だがワクワクしたもんだった。

がしかし。

今回の着物専門店の

訪問はその上をゆく敷居の高さ!

ここは日本なのに

ああ、なんという入りにくさ!

今より若いときに

ここに入る勇気は到底なかったと思う。

続きはまた。

着物からFlamenco衣装は⁉️

果たして
着物からFlamencoの衣装は⁉️

「絶対に古着屋なんかに売るもんかああ!」
という亡き母のセリフを
20年前に聞いていたわたしは

今思うと

とにかくその着物箪笥を死守しようと
随分とエネルギーを傾けてきた。

しかしながら中味をよく見て
自分がこれを生かそう、
という気が起きたのは最近だ。

そして
昨年末 突然にフラメンコ衣装をつくる
チャンスやってきた。

いまだああああ!

とばかり脳裏にあったあの着物を
持って衣装屋さんに相談。

薔薇の花の
もしやしてフラメンコも可能⁈
とも思えたその着物を
つぶしてよいやーっと
と決断させてくれたのは

たぶん50年前に母が
何かこぼしてすぐ処理しなかった
決定的な襟元のシミ。

「こりゃ洗いはりしようと何しようとダメだわねーっ」

モード系の仕事出身で
もちろんフラメンコ人達をこよなく愛し

不可能を可能にするような
衣装をつくってきたその凄腕のオバサマからもその答え。

なんとそのオバサマの親は呉服屋で
えらく着物にも詳しかった。

なんて頼りになる
ヒトに恵まれたことか。

ありがたい。

衣装屋さんと激論的打ち合わせ。

着物の柄を見て 相談しながらイメージづくり。
全体の形やどの柄をどのあたりに出す、とか。

この着物にあった濃いめのブルーの生地を探してあわせ、ツーピースでつくる、とか。

私が一見華やかに見える部分を前面に出してほしい、という意見に対して

そんな総花的なやり方では品格がない!

などなど。

この熱さ まさしくFlamenco✨✨✨

順序としては
まず着物を洗いはりに出し、使う部分のシミを出来るだけとり、縮むだけ縮ませる。

そしてブルーの生地を、着物地を持って行って、合うのを探してもらう。

まずは洗いはりが
年内に出来てくるとよいが、
といってた昨年末。

年が明け
洗い終わったその着物を
あててみると
昨年とはだいぶ印象が違う。

青と言ってた布は
赤、に変わった。

そして諸々変わった。

仕上がりは‪2月3日土曜‬、鎌倉の
独演ライヴで着ることを目標にお願いしてます。