2011.3.11 あの日は、三浦半島のホテルの9階会議室で。

2011.3.11

あの日は、三浦半島のホテルの9階会議室で

あの揺れを体験した。

サトルボディヒーリングを学ぶ、5期生と6期生が一同に集まっての
宿泊形式での瞑想とヒーリングの学びの4日間。

その2日目。

朝、海の方に散歩した、という友人に

『今日だけはそんなところに行っちゃダメだ!危ないよ!」

となぜか叫んでいた。
何が根拠か、自分で全くわからなかったが、

確信に満ちていた。

そして自分の携帯電話の待ち受けの「  3.11 」と表示された

デジタル画面に釘付けになった。

私の直観はこうだった。

「今日は何か歴史的な日だ」

「今日は(たぶん過去の)何の日?」

「今それを知ることはとても大事だ」

私は普段予知能力やら霊感やら、別にあるわけじゃない。

ただし、瞑想してハートのシンクロニシティに入る。

この合宿はまさしくそのためのものだった。

そんな時には直観的にもなっている。

ヒーリングのクラスがこれから始まろうとしている朝9時半、

私は「今日は何の日?」を知ろうとネットで調べ始めた。

誰かに「もうクラスが始まるよ、行こう。」と声をかけられた。

ふと、アタマで考えて。

「何言ってんだ。
これから始まるクラスの準備の方がよっぽど大事じゃないか。」

 私のこれまで苦しかった人生を、これから生きられるようにと
 学び始めたサトルボディヒーリングだった。

 サトルボディヒーリングは、ハートのシンクロニシティの空間で起こる。

 2011年はハートに居ることの大切さを知り、そのスペースに居ることで
 私はだいぶ楽に生きることにシフトし始めた、

 そんな時期のことだった。

 唄は、その入り口だった。

 「何言ってんだ。
これから始まるクラスの準備の方がよっぽど大事じゃないか。」

そう考えるのは当然だった。アタマでは。

「だけど、この歴史的なことは、この企業研修で来ている隣の部屋の
スーツ姿のサラリーマンのお兄さん達にも関係がある。」

「そしてもちろん、私たちこのコースの全員にも。」

「何だろう、それは? 何なんだろう??」

 気になる、気になる。

 午後になって、

 滞っていたエネルギーの解放、そんな方法があることを知る。
 

 目から鱗、だった。

 1年かけて「ただ一緒にいる」「共にある」
 ハートのスペースで。

 それを学び、それによって起こることに驚いていた。

 そこで起こる奇跡で、ヒーリングは充分に起こるんだ、
 と知ったのが驚きだった。

 そのさらに先があったことを知った、さらに驚きの瞬間。

 グラッ、と揺れが来たのだ。

 その人の中で滞っていたエネルギー、バランスを失っていたエネルギーが何組みもペアになったメンバー達のサトルボディから、大地へと解放されていた最中だったのだ。

 まるで、自分たちが解放したエネルギーを受け止めたことによって、大地が揺れてしまった、と勘違いしてもムリはないようなタイミングだった。

そして知った。

「これか! 歴史的な日、の意味。
 今朝感じたのは、過去のことでなく、

この日これから起こることだったのだ。

 海が危険、ってそういうことか。」

その夜は、ホテルはホテルの機能を停止し、

宴会場に全てのグループが共に雑魚寝した。

翌朝目覚めたら、

寝ている間によくゴロゴロと転がる私は

かなり場所を移動していて

昼間隣で研修してたサラリーマンのお兄さん達に囲まれていて
ビックリ飛び起きた。

サトルボデイヒーリングのセッション、常時受付中です。


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