だんだんと120%。

昨晩は
1月7日の
Reikoやりたいこと120%コンサート
の打ち合わせ。

私のやりたいことを 助けてくれる存在。
それを楽しんでやってくれる友達。

なんてありがたいのだろう!

今まで なんでもひとりでやりすぎた。

どうせ全部ジブンでやらなきゃならない、
そんな風に思いこんでいた。

わたしの人前で唄いたい、という衝動は
エゴの表出なんだ!
ジブン勝手なんだ!

ただ目立ちたいだけ、
ヒトさまに注目されたいだけ、

誰も私が唄うことなんか求めてないのに、
みんなは迷惑なだけなんだ!!

長いあいだ そんな風に思い込んでいた。

だからヒトに助けてもらうなんて論外!

まず 自分が人前で
唄うことすら自分にゆるしてなかった。

それが証拠に
ジブンが尊敬する先生も
そう言ってるじゃないか。

ほうら、その通り。
と、外側の誰かにそう言わせて
確認してた。

先生だけじゃない。
Flamencoが大好きな
あのヒトもこのヒトも
「あなたの歌はFlamencoじゃない!」

と言ってる、
ように聞こえてしまう。

これらのうちに
本当、のことも実際含まれているだろう。

「Flamencoとは何か?」
と問えば
Flamenco好きなヒトの数だけ
その定義がある気がする。

いったい誰が気に入るように唄えば
正解なわけ?

ジブンでしょ‼️

という当然の答えを肯定するようになったのも
ここ数年だ。

いつまで経ってもヘタクソだ、
という自覚が今も昔もある。

これもかなりの部分、ホントだろう。
ヒトさまと比べたら
きりなくそう思える。

しかしヘタより何より
傷つくのは
「Flamencoじゃない!」
という言葉だ。

Flamencoが大好きだから。

大残業ばかりしていた会社をやめたり
離婚したり。

あの頃
まずスペインに行きたい、
というよりは

録音の音でよいから
1日中、家に籠ってFlamencoを聞いていたい、
と思った。

スペインは遠い国、スペインの
全く異文化のもの。

しかもスペイン人というより
ジプシーのもの。

だからこそ日本人の私達が惹かれる
ものがあるようだ。

もしもずっとスペインに居ることが
できたら
逆にFlamencoをやめてしまうだろう、
とも思った。

素晴らしいFlamencoが身近にあったら
ますます自分が唄うことに
価値を感じなくなるだろうから。

もう15年前のハナシ。

15年経った今
スペインに行ってすぐに
そういう環境を見つけるのも
実際むずかしい。

こんなに自分を批判していたのに
これまで唄う機会、環境に身を置けたことは
何という幸せだ。

踊り手さんの後ろで唄うことは
何か「これはわたしのエゴじゃないよ!
立派な労働である」
という
大義名分と
「踊りに隠れて目立たないで済むだろう」
というのが
唄うことを許可してくれたと
都合よく 考えたのだ。

わたしはカンテソロを唄いたい。
自分の好きな唄、を唄いたい。
始まりから 最後まで
全部やりたいようにやりたい。

Flamencoの唄、ギター、踊りの三位一体
と云われる世界。
これはこれでおく深い。

伴唱の場で学ぶこと、これもきりがない。
そして皆とやる、ってそれはそれで楽しい!

踊り手さんがいないと
誰も楽しんでくれないのでは?
実際そういう場もあると思う。

でも唄だけ、
で成り立つ世界もあるはず。
しかもわたしひとりの唄で。

そういう場が持てる、
と今では信じてる。

6月に思いきって 初めての場を持って良かった!
そこでのフィードバックが
わたしにそう思わせてくれた。

全くひとりのコンサート
2回目の今回。

初めてやってみようと
今思ってることは〜

「その場に居ない、これないけど
受けとりたい方へ」

「唄うエネルギーを遠隔で送ってみる」
ということ。

受けとりたい、方に
お名前知らせてもらう必要があります。

準備が整ったら
またお知らせ致しますネ✨✨✨

1月7日土曜日
Reikoやりたいこと120%コンサートの
お申し込みは ⇨ コチラ
http://www.kokuchpro.com/event/utagoe_1701/

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