3日間のローマから日本帰国までの奮闘記
の後日談ーその4、である。
ハナシは後日談その2(=トータル その25)
からこちらへ続く。
(前話その3は、その日その前のFlamenco体験です)
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
鎮痛剤まったく効果ナシの
この劇痛!
また真夜中になれば
やってくるのだろうか?
夜が来るのが恐怖だ。
とりあえず医者の言う
検査を受けるしかないだろう。
受けるのはCTスキャンではなく
MRIだった😳。
どちらも筒の中に入って撮影、
というイメージだったが、
MRIは時間がかかる。
筒に入っている時に
音もかなりうるさいらしい、
と聞いていた。
翌日また医者に行って
鎮痛剤はまったく無効、と告げ
その足で検査機関へ。
検査場にて。
うわあーっ。
この筒に入るのかあああ😳❗️
首を撮影するのだから
顔も筒に入ることになる。
いやだなあ・・・
「中に入ると うるさいので
これを使ってください」
と、ヘッドホンみたいのを渡された。
やっぱりうるさいんだあ。
そして〜。
「何かあったらこのボタンを
押してください」
ゴー。
筒に入る音だ!
即座にボタンを押した。
こんな狭いところに、
密閉感のあるところにとても入れない‼️
ローマからの帰路、
成田まであと1時間時点での
あの強烈な恐怖を思い出した!
わたしは閉所恐怖があるのだと、
ようやくこの時気づいた。
結局 検査着を着て脱いだだけ。
何もせずにもとの医者に戻ってこれを報告。
医者は
「・・・では様子を見てください」
というしかないのだろう。
もう万事休す、か?
ところでその翌日から
ハート瞑想をベースに
cakraのエネルギーに働きかける
サトルボディヒーリング、
わたしはこれのギバーなのだが
そのコースの再受講をする予定であった。
しかしこの調子では受講出来るか
どうかも危ぶまれた。
翌朝、奇跡的に起きれて
とにかくサトルボディヒーリングの
コース会場、鎌倉に辿り着く。
ただチャクラの前後に手を置く。
これが今の自分には
痛くてなかなか出来ない。
ふだん居るセドナから
日本に来て、このコースを教えている
プラサードとアルヴィナ。
ティーチャーである彼らに事情を相談した。
わたしが予想したアドバイスは
「無理するな、やめとけ」
後から思えば予想というより
そう言って欲しかっただけ!
意外にもプラサードは
「出来るだけやってみるとよい」
で実際、瞑想しながら進むと
手もそれなりに動いたのが不思議だった!
しかし痛いものはやはり痛い‼️
3日目、パートナーと組んでヒーリングを
受けるとき、
この左腕の痛みは絶頂。
あまりにわたしが痛がっているので
パートナーはプラサードに
「やめた方がよいか?」
と相談しにいった。
サトルボディヒーリングは、ハートチャクラの受容性、そしてシンクロ二シティのスペースをベースにしているからこそ
パートナーの働きかけも有効になる。
適切な判断もハートからやってくる。
それはいつも 今この時に必要なことを示してくれる。
わたしはそれに全幅の信頼を
置いている。
それでもわたしの
「痛い痛い‼️」の派手な訴えに
パートナーはプラサードに判断を相談した。
この時、やはりプラサードは
「痛くても働きかけてOK。
腕はハートに繋がっているのだから
これはハートチャクラに
起こっていることだろう。」
やっぱり!😳😳😳
が感想だったが
痛いんだから、やめとけ、
と言って欲しかったジブンが居る。
わたしの痛みに触らないで!
これ以上刺激しないで!
という気持ちと
この痛みに変容をもたらしたい気持ちと。
しかし、あの筒に入るような恐怖
とはちがう。
ジブンの痛みを見る恐怖だ!
わたしはジブンのハートに聞いた。
やってほしい。
それが答えだった。
(その28に続く)
前のハナシは
上記メニューより
「イタリアで見た過去生と直後の事件」
にお願い致します。
最初のハナシからの場合は⇒ その1へ